私が前職でしんどい思いをしていたとき、眠れなかったり食欲がなくなったりはしませんでした。何人か、相談に乗ってくれた先輩や友人がいました。妻にも、窮状を訴えていました。けれど果たしてそれは適切な「ヘルプミー申請」だったのか。 身体的な「症状」が出ていなかったせいで、「自分の感じているこの苦しみは、まだ我慢できる段階なのかもしれない」と医療機関の受診には至らず。思いつく範囲であちらこちらに相談しても、苦しさは一向に減じない。結局、私は退職することになり、結果的にはそれはひとつの救いになったと思っていますが、今なお、「どうすればよかったのか」という釈然としない気持ちが消えずにあります。
まもなく3周年を迎える「ほんの入り口」ですが、オープン当初から、「しんどかったあの頃の自分」へのねぎらいの気持ちと言いますか、激励のような思いが心の底に灯っておりました。本屋の営みが、心身の不調から回復するためのリハビリ的な意味を持っているような感触もありました。もちろん、足を運んでくれたお客様はそんな私の「回復途上」などにはお構いなく、それぞれに本をお買い上げくださったり、イベントに参加してくださったり、店主のおしゃべりの相手をしてくださいました。そのことが、どんなに私を助けてくれたことか。今ここで、唐突に感謝申し上げます。みなさん、いつもありがとうございます!
そうして、では、今のワタシはもう誰かの助けを必要としなくなったのでしょうか。あの頃の「苦しみ」は無くなっていますが、暑かったり寒かったり、金がなかったり。総理大臣がおかしなことを口走ったり、ありえないジェノサイドが現在進行形で続いていたり、未熟さゆえの不用意な発言で誰かを傷つけたり、だらしなさゆえに約束をたがえて誰かの不興を買ったりしては、「小さなしんどさ」を体中にぶら下げて暮らしております。ときおり誰もいない店内で、「しんど!」と小声で叫んだりもしています。
ここで、背筋を伸ばし、ひとり凛として佇むことにも憧れますが、誰かに「ヘルプミー申請」をしてみてもいいんじゃないだろうか。相談とどう違うのか、というのは、正直、よく分かっておりません。明確な定義があるわけじゃない。イベントで「相談の入り口」なんてのもやっているので、相談を否定しているわけではないのです。ただ、ちょっと言い方を変えてみる。誰かの助けをもらう。誰かのヘルプミー申請に応えてみる。そういう、助け合いの関係をいくつか持っておくことは、安心して暮らす礎になりはしませんか。
はい、長すぎる前置きでございました。今回のイベント、「ヘルプミー申請の入り口」は、こんなふうに店主が「ヘルプミー申請の可能性」について演説芸をぶちかましまして、それを参加者の皆様に受け止めてもらうという企画でございます。イベント途中には、オープンダイアローグで言うところの「リフレクティング」のような時間を設けまして、服部のおしゃべりについて自由に感想を言ってもらいます。3周年にかこつけて皆さまからのヘルプをおねだりする過去一ずうずうしいイベントになっておりますが、ご祝儀がわりにお運びいただければ幸いです。もしかすると、あなたが「ヘルプミー申請」を発信するヒントも得られるかもしれません。
ヘルプミー申請の入り口
日時:5月17日(日)17:00〜19:00
参加費:2,000円
お申し込み・お問合せ:hon.iriguchi@gmail.com





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